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[寸評]旅と芸術――発見・驚異・夢想 Travels and Art: Discovery, Wonder and Dreams

会場:埼玉県立近代美術館
会期:2015年11月14日(土)~2016年1月31日(日)
評者:佐藤 嘉惟

京浜東北線・北浦和駅の西口からしばらく歩くと、木々の多い一角が見えてくる。北浦和公園である。公園の中に埼玉県立近代美術館(The Museum of Modern Art, Saitama、略称MOMAS)はある。

去る2015年12月12日(土)、カタログ評委員会の2015年度第1回見学会ということで、埼玉県立近代美術館にて開催中の「旅と芸術――発見・驚異・夢想」展(監修:巖谷國士氏)を訪ねた。評者は何の備えもないままに赴いたものの、見学会幹事が事前予約していたことで、公園・美術館および展覧会の見どころを教育・広報ご担当の菖蒲沢さんにご案内いただく機会に恵まれた。

まずは美術館の館舎についてご案内いただいた。そもそも埼玉県立近代美術館は黒川紀章(1934 - 2007年)の設計という。正面はうねるようなガラス張で、同じく彼の設計にかかる国立新美術館を彷彿とさせる。外観の描写は評者の筆力の及ぶところではないので下記リンク先の画像をご参照いただきたい。菖蒲沢さん曰く、館舎と外との境界を曖昧にする設計方針によって、正面がガラス張になり、さらに格子状の柱が正面を覆う形になったとのことである。
http://www.pref.spec.ed.jp/momas/?page_id=27

次に公園内をご案内いただいた。園内各所に配された彫刻も美術館が管理しており、なんと美術館の館舎に組み込まれた作品もあるという(その名も「ドッキング」)。なお黒川の設計した中銀カプセルタワービルの一室も公園内に置かれている。
週末のうららかな午後ということもあって園内には子供たち・親子連れも多い。毎週土曜日の午後に美術館が「MOMASの扉」という体験プログラムを実施しており、この日は「アート★ビンゴ」なるクイズ企画が実施されているのだと菖蒲沢さんは説明された。クイズの内容を一問だけ教えていただいたのだが、アームチェアを決め込むわけにはいかぬ難問であった。

続いて館内に入り、階段で三階の講座室へ向かった。二階から三階に向かうときは件の「ドッキング」が目を引くのだが、反対側の壁にも面白いものたちがいたようである。壁の汚れを消した際に模様ができるよう部分的に消し残したのだと、後で菖蒲沢さんが教えて下さった。

講座室では「旅と芸術」展について、旅と芸術を結ぶ「と」の意味に思いを馳せるようなワークショップを体験させていただいた。
「旅と芸術」展は個々に旅が表象された芸術作品の結集だったが、ワークショップは複数の作品から旅の物語を導くところから始まった。委員一人ひとりに与えられた課題は、埼玉県立近代美術館の所蔵品(MOMASコレクション)四点のランダムな組合せから一つの旅の物語を抽出すること。ジャンルや洋の東西を異にする作品が混ざって苦戦を強いられたが、導かれた物語はどれも個性が垣間見える興味深いものとなった。
こうして作品に「旅」を見出す視座が共有されたところで、「旅と芸術」展の作品数点について、誰が・いつ・どこへ・なぜ・どのような「旅」をしているのか自由に考える機会が設けられた。委員たちの作品解釈はタイトルが示唆する内容としばしば食い違ったが、美術のイロハも分からぬ評者には作品解釈の手ほどきとなり、展示品を鑑賞するための大きな助けとなった。個々の作品のワークショップを通じて、西洋絵画における「旅」表象の史的展開を、旅の過程――伝聞にもとづく夢想、実地での発見・驚き、記憶の整理と新たな伝聞の発信――になぞらえて俯瞰するのが「旅と芸術」展の枠組みであると感得できたのであった。

以上のような多岐にわたる導入をしていただいたところで、菖蒲沢さんによるご案内は終わることとなり、一行はいよいよ二階の展示室へ向かった。
展示は前述の枠組の下で六つの展示室に分けられ、ほぼ通時的に組み立てられていた(第6室は第4室と同時代)。カタログに従ってその概要を以下に挙げる。

第1室:「旅への誘い」
― 「驚異」の前史
― 古代への憧憬
― ロマン派の旅情
第2室:「オリエントの魅惑」
― ナポレオンと「エジプト熱」
― 北アフリカの情景
― オスマン・トルコ帝国
― 大植民地インド
第3室:「自然・観光・鉄道」
― 風景との再会
― フランス観光
― 西欧各地への旅
第4室:「世紀末のエグゾティスム」
― アール・ヌーヴォーの「異郷」
― 野生の地を求めて
第5室:「空想の旅・超現実の旅」
― もうひとつの世界へ
― シュルレアリスムの旅
第6室:「旅行者の見た日本の自然」
― 富士山さまざま
― 噴火・地震・大津波

「旅と芸術」展が、美術史の長いスパンを「旅」という概念で俯瞰しようとする、極めて意欲的な展示だったことが上の概要からも読み取れるだろう。しかし評者の注意を引いたのは、この展示のいわば第二のテーマとみえた、旅にまつわるテクノロジーと芸術作品との関係である。問題になるテクノロジーとは、交通機関(とくに蒸気機関車)と、旅先の風景をおさめる写真である。

交通機関は旅を変容させたものとして位置づけられ、結果として芸術作品における旅の表象をも変容させたものと位置づけられている。しかし同時に、第3室に展示されたモネClaude Monet(1840 - 1926年)の《貨物列車》(1872年)のように、交通機関そのものが表象された作品も展示されており、テクノロジーと芸術作品との関係の多様さ――あるいは捉え難さともいえよう――を体現する展示だったといえる。

また写真については、たとえば第1室ではピラネージGiovanni Battista Piranesi(1720 - 1778年)の版画と、そこに描かれたローマの名所を撮影した古写真が並列される。第2室の展示の多数を占めるのはオリエントの地を撮影した古写真であり、さらに第3室ではバルビゾン派の風景画とフォンテーヌブローの森で撮影された古写真が並列される。当時の写真撮影は最低でも数秒以上の露光を要したため、たとえば白昼の街路でも無人(実際はうっすらと人の影がみえる)の通りとして写ることになる。このような写真が作家の新たな表現欲を掻きたてただろうことは想像に難くない。たとえばコローJean-Baptiste Camille Corot(1796 - 1875年)の《サン=ニコラ=レ=ザラスの川辺》(1872年)は、強い風が吹いている様子を見て取れる作品だが、動きを絵画にすることへの関心が写真との対比で感じられた。

旅にまつわる技術としての蒸気機関車と写真、という組合せを意識すると、第5室に配されたデ・キリコGiorgio de Chirico(1888 - 1978年)の晩年の作《イタリア広場・アリアドネーの目覚め》は、描かれたもの――光と影のコントラスト・立ち止る二人の影・無人の広場・蒸気機関車から吐き出された煙など――が旅という文脈を引きこんでいるのだと見て取れるのだった。

本展覧会は、旅という概念を「多様性」の発見と再定義しようとしており、それは成功をおさめていたと感じた。実際、旅にまつわる芸術作品には多様な事物の多様な在り方が表象されていた。しかし展示の通時的な枠組は、旅の多面性を、そして旅と芸術との関係の多面性を強調することになったと思われる。それゆえ、「旅」と「芸術」を結びあわせることで、「旅と芸術」展が総体でいかなる視座を提供しようとしたのか、評者は核心を理解することができなかった。個々の細部で示される魅力的な視座によって、芸術作品が旅を取り上げているという以上の全体像を見ることができなかったと評者は感じている。

なお最後の第6室で取り上げられた日本の災害は、欧米からみたエグゾティスムという視点が強調されていたが、日本人写真師の撮影した写真との対照の上でなければ回答を出すのは難しいように感じた。磐梯山噴火など、日本国内においても災害写真の販売・幻燈による上映会が行われていたことは、すでに遠藤正治、北原糸子等によって指摘されている。被災地以外(たとえば東京)では、日本人であっても、欧米人と似たような「驚異」を災害写真に見出していたかもしれない。

過度に長い"寸評"の締めくくりとして、展覧会カタログについて言及したい。
本展覧会のカタログは一般書籍として出版されている。書誌は以下に掲げるとおりである。章全体の概説が入門的な知識を提供し、多くのコラムも掲載されていることから、普段は前近代日本の文字テクストを扱っている評者には西洋美術を学ぶ良い素材ともなった。展覧会前半部の核となっていた個人蔵の古写真の図版が掲載されている点、注目に値しよう。

巖谷國士(監修・著)『旅と芸術――発見・驚異・夢想』(平凡社、2015年、224頁)

*埼玉県立近代美術館の菖蒲沢さんに賜りましたご厚意に、改めて感謝申し上げます。


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